Michael Wilton - Queensryche



H4
 

 ZOOM H4は、フィールドレコーディングの来るべき姿だ。



<Michael Wilton プロフィール>
 私は1962年2月23日、California州のSan Franciscoに生まれた。8歳のときに、San Leandroの交通事故で亡くなった気の毒な叔父の形見としてベースを受け取る。その後、私の両親はWashington州のBellevueに移転。そこで私は叔母からナイロン弦のアコースティックギターを譲ってもらう。また、この時期、父の膨大なレコードコレクションを聞き始める。初期に影響を受けたのはThe Beatles、The Rolling Stones、ジミ・ヘンドリックス、Mountain、The Allman Brothers、ボブ・ディラン、ルー・リード、そしてSan Franciscoの音楽シーンだった。ベースが大好きだった私は、各音の鳴らし方といくつかのスケールを学び、好きな曲のコピーを始めた。父のレシーバーにベースをつなぐ方法を発見して、完全に歪んだファズ風のサウンドを出していた。そのうちMountainの曲を始めて、父のスピーカーを飛ばすまで練習したよ。父は渋い顔をしていたな。そこで両親を説得して、叔父の形見のFender BassmanとスピーカーキャビネットをUPSで送ってもらった。高校時代は、ずっとこのアンプとスピーカーを自分のモノとして使っていたよ。  中学生のときに、レスポールのコピーモデルとファズボックスを通信販売でオーダーした。それとギター教則本を買って基本から学び始めたよ。その後ガレージバンドにベースで加入したんだけど、私はZeppelinの曲を弾けたので、すぐにギターに変わった。高校では、Judas Priest、UFO、Iron Maiden、Van Halenなんかのハードロックを聞き始め、1日最低でも2時間は練習した。その後クリス・デガーモに出会ってからは、2人でいくつかガレージバンドを転々としたな。中でも印象に残ってるのはJokerとCrossfireだ。  高校を卒業した後は、SeattleにあるCornish College of the Artsに入学し、ジャズやクラシックを学んだ。それに民族音楽や即興音楽を鑑賞するような授業も受けていたな。その後、クリスと私はスコット・ロッケンフィールドとエディー・ジャクソンと出会い、共同でオリジナル曲作りやヘヴィな曲のカバーを始めた。我々はパーティやローラースケートのリンクなんかでThe MODと名乗り、毎回異なるシンガーと演奏していたけど、そんな成り行きに満足していたわけじゃない。その後、ジェフ・テイトと知り合いになり、オリジナル曲のデモ録音に参加してくれないかと頼んだ。1982年の夏の終わりに、Washington州のRedmondにあるTriad Studioで深夜の時間帯を利用して4曲録音した。このテープをEasy Street Recordsのオーナーに聞いてもらい、テープを関係各所に送ることに同意した。すると、Kerrang!っていうイギリスの雑誌がすごく好意的なレビューを乗せてくれて、あちこちから電話がかかって来るようになった。結局206 Recordsという自分達のレーベルで少量のEPをプレスすることにした。それでマネージャーのハリスと契約し、職を辞めてバンドの名前もQueensrycheに変えた。その後は現在に至るってわけさ。

Michael Wilton Webサイト: www.michaelwilton.com

 






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